トップページ>富士山あれこれ>こんなところの富士山 ■13:36 天下石へ向かう急な下りのところで、富士山がいる素晴らしい景観に出会いました。「こんなところに富士山」の第一号です。 画面中央に、晩秋の色彩が素晴らしい丘が見えます。その右手に大谷ヶ丸、滝子山の山並みがあり、大谷丸と右のピークが飾り台を作り富士山がちょこんと着座しています。左手には蛭ヶ岳などの丹沢、道志の山並みが見えます。その手前に中央本線の平地があり、百蔵山、扇山が見えます。 ここの富士山を見逃さないように歩いてください。山頂でないのでこ子と思われる場所のカシミール図を拡大画像と共に載せました。 山のピークの絶妙な配置で作製した飾り台に富士山 ![]() 大谷丸と右のピークの飾り台に着座する富士山 ![]() 「こんなところに富士山」がここの場所だと思います ![]() 稚児落しからの富士山■11:35 天神山から少し歩くと大岩壁が見えてきます。大岩壁の高いところが稚児落し。左奥の高川山後ろに富士山が見えます。 ![]() ![]() 景信山からの富士山富士山は右端の奥にいます。その左に丹沢山地があり、相模湾まで続きます。その前に高尾山から城山、景信山の登山コースがあります。 ■10:56 蛭ヶ岳から地蔵平 檜洞丸と熊笹ノ峰の間から富士山が見えます ![]() しかし、2016年には、手前の樹木が伸びて、富士山の左すそ野を消してしまいました。この形になると、山頂部が見える富士山に分類されてしまい、シダンゴ山からの富士山の特徴は消えてしまいます。 そして、このままいくと後数年で富士山が消えていきそうです。シダンゴ山からの景観を守るために、松田町と大寺地区の対策を期待します。 シダンゴ山からの富士山 2016年5月5日撮影 ![]() 湘南平に行った帰り道に現在、実際に片側の富士山が見えるかどうか。花水橋付近を探索しました。 「東海道平塚宿」記念石碑がある近くの道から広重の片側の富士山が見えました。もう少し右に寄れば富士山山頂部すべてが見えたと思います。 広重の「東海道五十三次」は司馬江漢の「東海道五十三次画帖」をまねて描いたといわれていますが、司馬江漢の「平塚」は構図も異なり、富士山が描かれていません。広重は実際にこの高麗山横の富士山を眺めて描いたと思います。 花水橋の右側へ行くと、左右のすそ野を持った立派な富士山と高麗山が見られます。しかし、広重は高麗山に寄り添う富士山に感動し「平塚・縄手道 」を描いたと思います。広重の富士山への愛情がこめられた傑作です。 ![]() ![]() |