![]() 山名の表記と読み方 富士山展望のページには、下記のように山名とその読み方を記入する。大菩薩連嶺の黒岳と湯ノ沢峠の間にに有る山に、表記は「白谷ノ丸」、読み方は「しらやのまる」とした、 大菩薩連嶺の中の富士山展望の山で最も好きな山であり、できれば白谷丸(しろやまる)、白谷ノ丸(しろやのまる)と記載したかった。しかし、その山を管理する大月市の表記に従って白谷ノ丸(しらやのまる)にした。その経過を簡単に記載します。
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![]() 白谷ノ丸の表記、読み方、年代順 白谷ノ丸の表記、読み方について、年代順に表1に記載しました。 当方の文献調査法は厳密性に欠け、かなりいい加減で、これ以外にも多くの史料があると思われますが、入手した史料で推論します。 黒岳と湯ノ沢峠の間にある山の名称をこのコラムでは,便宜的に「白谷ノ丸」として記述します。 (1)「白谷ノ丸」は、1814年の「甲斐国志」で、「白屋ノ丸」、「白ヤノ丸」と記載されています。これが最初に出てきた表記です。読み方はありません。 ![]() (2)その後、ほぼ百年後の1923年に登山案内書「一日二日山の旅」に「白屋ノ丸(シロヤノマル)」と、読み方が出てきます。 (3)1933年に、木暮理太郎著「初旅の大菩薩嶺」に初めて「白谷ノ丸」が出てきます。読み方はありません。 (4)その後、2000年までに山の案内書などで白屋ノ丸、白谷ノ丸の他に白岩ノ丸、白岩ヶ丸、、白谷ヶ丸、白屋ヶ丸と記載されています。 1970年に「あしなか第7巻」で「白谷(シラヤ)ノ丸」と読み方の記載があります。その著者、正確な発表年は不明。 (5)地図での記載。 ①登山用地図。2008年の山と「高原の地図24大菩薩嶺」では「白谷丸」で、2017年の「山と高原の地図25大菩薩嶺」では「白谷ノ丸(しろやのまる)」に変わっています。 ②ゼンリン地図、2005年では「白谷丸」、2023年では記載無し。 ③国土地理院地図、現時点まで記載無し。 ![]() (6)山の名前はその山が位置する市町村が決めることになっています。(2 国土の情報に関するQ&A | 国土地理院 ) 白谷ノ丸は甲州市と大月市の堺にあり、この2市が管理して命名権を持っていると考えます。 (7)甲州市の管理 ①甲州市は2005年に塩山市、勝沼市、大和村が合併して出来た市です。甲州市に合併する前の大和村設置の湯ノ沢峠入口の案内板に「白谷丸」 ②甲州市設置の湯ノ沢峠の案内板 に「白谷丸」 ③甲州市のHPには「白谷丸」も「白谷ノ丸」も記載されていません。 ![]() (8)大月市の管理 ①2012年、白谷ノ丸山頂に「白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)」の表示板設置、2014年湯ノ沢峠分岐に「←白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)」 ②2016年、「白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)」の下に「茶臼岳(tyausudake)」の表示板追加。別名を示すか。 ③2020年、「茶臼岳(tyausudake)」がなくなり、「白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)」だけに戻る。「茶臼岳(tyausudake)」は4年間だけの表示です。 ④2021年、湯ノ沢峠~白谷ノ丸の間に「←白谷丸」の表示板設置。実に不可解な表示板です。大月市のミスか、意図的な表示板かは不明。 ⑤大月市のHPでは「白谷ノ丸」記載だけで、「白谷丸」は出てきません。 ![]() 大月市が「白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)」をどこから持ってきたかは不明。(4)の「あしなか第7巻」で「白谷(シラヤ)ノ丸」とありますがそれほど著名な資料とは思えません。 地元の大月で、「しらやのまる」と呼ばれていたのかもしれません 「茶臼岳(tyausudake)」が2020年から4年間だけ山頂の「白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)」の下に表示。どのような意図か不明です。 2025.2.11追記 大月市HPに質問をして、丁寧な次の回答を貰いました。 ①大月市が、何故白谷ノ丸(しらやのまる)と表記したのか。 現地現称主義という考え方により、地元で古くから呼ばれている山名等を尊重して表記したものと認識しております。 ②2016年白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)と同じ柱に「茶臼岳(tyausudake)」の表示板が貼られた。この意味が不明 茶臼岳の表示版につきましては、『大月市』と表示した柱に添架されておりますので、市で設置した表示板のように見受けられますが、茶臼岳の表示版は、市が設置したものではなく、何者かが勝手に設置したものであります。 大月市に了解を得ずにこのような表示板「茶臼岳(tyausudake)」を勝手に貼った人がいます。「茶臼岳(tyausudake)」の表示板はだれが付けたのかという疑問が新たに出てきました。 (9)2005年に白谷ノ丸山頂に「白 谷 〇」のよう表示板あり。設置元は不明で検討不可。 (10)以上の検討から、各時代、場所で色々な表記、読み方があることがわかりました。 しかし、山頂にその山を管理する大月市の表示板「白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)」があり、登山用地図もその表記を行なっているので、当サイトでは表記「「白谷ノ丸」、読み方「しらやのまる」としました。 表1 白谷ノ丸の表記と読み方の変遷
引用史料 1 1814年(文化11年)刊 「甲斐国志」 松平定能著 「白屋ノ丸」と「白ヤノ丸」 読み方の記載無し。 *黒嶽山は黒岳 甲斐国志 上 - 国立国会図書館デジタルコレクションより引用 甲斐国志 上 - 国立国会図書館デジタルコレクションより引用 2 1906年(明治39年)刊 「日本山岳志」 高頭式著 博文館 最も古い登山案内書ですが、「白谷ノ丸」の記載無し。登山する山としてはまだ無名か。 日本山岳志 - 国立国会図書館デジタルコレクションより引用 3 1923年(大正12年)刊 「一日二日山の旅」河田楨 著 彊館書店 「白屋ノ丸」として出てきます。「谷」ではなく「屋」です。甲斐国志の記載に倣ったか。 読み方は(シロヤノマル)です。どこからこの読み方が出てきたかは不明です。 「大菩薩嶺・小金澤山と源次郎岳」に出てきます 一日目 塩山駅-上日川峠-大菩薩嶺-大菩薩峠-熊沢山-狼平-小金沢山-雁ヶ原摺(牛奥の雁ヶ原摺山か)-嵯峨塩鉱泉宿 二日目は以下の予定でしたが、無理と考え源次郎岳-勝沼駅のコースにした。 予定では雁ヶ原摺(牛奥の雁ヶ原摺山か)-黒岳-白屋ノ丸【シロヤノマル】(1900m突)-大ダル-大倉高丸- ハマイバ-コメショイ-大谷ノ丸-瀧子山-初狩駅 一日二日山の旅 - 国立国会図書館デジタルコレクションより引用 4 1933年初出 「初旅の大菩薩連嶺」 木暮理太郎著 白谷ノ丸(白岩ノ丸) 「前面に茶臼や白谷ノ丸(白岩ノ丸)を望みながら暢気に辿って行くと、大きな破れ小屋のある所で途は絶えてしまった。」 木暮理太郎 初旅の大菩薩連嶺 あおぞら文庫より引用 5 1959年 富士とその周辺 白屋ノ丸 「白屋ノ丸の南にかかっている、薙のような狭い急な沢を登ったので非常に時間を要し、黒山の三角点に達したのは午後一時半であった。」 白屋ノ丸 - Google 検索より引用 6 1970年 あしなか-第7巻、第121~140号、16ページ 白屋ノ丸 丁度白屋(しらや)ノ丸の南麓湯ノ沢峠への登り口である。 山村民族の会会報,、あしなか通信 1輯 ([昭14.2])-160輯 ([昭53.12]
上記リンク先に「1970年 あしなか-第7巻、第121~140号、16ページ」がなくなっています。当方のミスか、検索ペ-ジの変更かは不明。
12 2005年と2023年 ゼンリン地図 (1)2005年のゼンリン地図 白谷丸 (ゼンリン地図の原図か否かは不明) (2)2023年記載無し
13 1894-2023年 国土地理院地図 白谷ノ丸の記載無し 今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部 谷謙二(2000~2022年)より引用 14 2011年刊 「富士山の見える山 ベストコース45」 富士山展望写真267山 佐古清隆著 山と渓谷社 最も多くの富士展望の山267山を掲載していますが、白谷ノ丸はその中に入っていません。 15 2005年-2023年 甲州市設置の湯ノ沢峠近辺の案内板 (1)2005-2023年湯ノ沢峠の案内板 白谷丸 甲州市は2005年に塩山市、勝沼市、大和村が合併して出来た市です。 (2)2005以前、甲州市に合併する前の大和村の湯ノ沢峠入口の案内板 白谷丸 白谷丸は2005年のこの看板で初めてでて来ました。2008年刊 「山と高原地図24 大菩薩嶺の白谷丸、2005年のゼンリン地図の白谷丸は、この看板を参考にして記載したと思います。
(3)尚、甲州市のHPには、白谷丸も白谷ノ丸も記載されていません。。そのため、現在白谷ノ丸をどのように表記しているかは不明です。 16 2005年-2023年 白谷ノ丸山頂の表示板 (1)2005年、白谷ノ丸山頂に3個の表示板があります。①岩の中②平原の中③樹木の中に3種の表示番があるようです。 ①、②の表示板の文字は不明です。 ③の表示板は設置してから、かなり年月が経っているようで、文字が鮮明ではありません。「白 谷 〇」のようです。「白」と「谷」との間隔から3文字と思います。其の3文字目がはっきりしません。「丸」と思いますが、断定できません。しかし、他に当てる文字が浮かびません。
(2)2012年 湯ノ沢峠分岐と白谷ノ丸山頂の表示板 白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru) 2005年の②の表示板は、柱が上に出っ張っておらず、表示板が柱から左側だけ伸びているので、この表示板ではありません。 山頂に初めて「白谷ノ丸」が設置されました。この後の画像から大月市設置と思われます。 (3)2012年 白谷ノ丸山頂の表示板 白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru) 2012年の表示板と同じ 2005年の大きな岩の横にあった①の表示板は、2012年、2014年にはないかも知れません。 2005年の②の表示板は、柱が上に出っ張っておらず、表示板が柱から左側だけ伸びているので、この湯ノ沢峠の表示板かもしれません。
2005年に見られた③の表示板らしきものが、残っています。設置場所は違うようです。表示板の大きさ、形状と木目がほぼ同じように見えるので 同じ表示板のようです。表面がきれいになっていますが文字もほとんど消えています。
(4) 2014年-2023年の白谷ノ丸山頂表示板 2014年後の表示板の変化が激しく面白いので掲載。
「茶臼」に関して白谷ノ丸と別にある文献 (再掲)4 1933年初出 「初旅の大菩薩連嶺」 木暮理太郎著 「前面に茶臼や白谷ノ丸(白岩ノ丸)を望みながら暢気に辿って行くと、大きな破れ小屋のある所で途は絶えてしまった。」 木暮理太郎 初旅の大菩薩連嶺 あおぞら文庫より引用 「大菩薩とその付近-登山地図帳-昭和31年5月 山と渓谷社」に黒岳と白谷ガ丸の中間からの尾根に「茶臼」があります。」 朝から汗汁ダクダク花少なめみたいな南大菩薩特に意味はありません : 暮らしは分が大事です。気楽がなにより薬です。より引用 17 湯ノ沢峠と白谷ノ丸の間の表示板 (1)2014.10.29 .湯ノ沢峠分岐の大月市設置の表示板 白谷ノ丸(Mt.shirayanomaru)
(2)2021.10.11、湯ノ沢峠と白谷ノ丸の間の表示板 白谷丸 大月市の表示板のようですが、文字は見えません。 ![]() 白谷ノ丸・白谷小丸・大蔵高丸・ハマイバ丸へ行ってきました/ ヤマップより引用 (3)2022.5.10 上と同じ表示板ですが、大月市の文字が見えます。 白谷丸 大月市が山頂では「白谷ノ丸」と表記しているのに、ここでは「白谷丸」の表記です。 表示板作成社が間違ったのか、意図的にしたのか不明です。 ![]() 甲州アルプス「小金沢山」から「白谷ノ丸」まで縦走!の画像 より引用 「白谷丸」の表示板の表記、イラストが湯ノ沢峠の表示板と異なりますが、以下に示すように。大月市の他の山の表記板と同じです。 ![]() 大月市のHPでは「白谷ノ丸」で「白谷丸」は出てきません。 18 2023年 山梨県HP 白谷ノ丸(しらやのまる) 山梨県HP やまなしのトレッキングガイド 大蔵高丸の地図より引用 19 ヤマレコHP 白谷ノ丸(しらやのまる) 白谷ノ丸|最新の山行記録と登山ルートやアクセス、気象状況など-ヤマレコ )より引用 白谷ノ丸の山名表記と読み方 完
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白谷ノ丸の山名表記と読み方
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