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葉山の市街地、相模湾の江ノ島、湘南平、吾妻山、矢倉岳を前景に、大きな山体の富士山が見られます。 海を前景とする富士山は、三浦半島西側、伊豆半島西側、静岡県東側の海岸沿の山等で、貴重な景観です。 気象条件がよければ年に2回(4月と9月)に「ダイヤモンド富士」を見ることができます。 山頂にある石碑には「食行身禄 不二仙元大菩薩」とあり、裏には文政9年(1828年)と刻まれている。江戸時代に盛んに行われた富士山登拝を目的とした富士講を広めた行者、食行身禄のことで、仙元山は富士山の遙拝山として親しまれていたことが伺える。 ![]() 不二は富士、仙元(せんげん)大菩薩は浅間(せんげん)大菩薩で、浅間(せんげん)神、木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)と同一とされる。 葉山町のHP等には山名の由来が有りませんが、富士山遙拝の山として、仙元山の山名になったと推察します。70㎞以上離れた三浦半島まで、木花之佐久夜毘売の光は届いていました。 食行身禄(じきぎょう-みろく):1671-1733 江戸時代前期-中期の富士講行者。 加持祈祷中心の村上光清(こうせい)の光清派を批判し,実践倫理を重視する身禄派をおこす。「身禄(弥勒)の世」の到来を予言し,富士山で断食入定,「烏帽子岩三十一日之巻」を口述し,享保8年7月17日絶命。63歳。伊勢(三重県)出身。 ■参考コース&時間 ・JR横須賀駅からバス7分で風早橋バス停、そこから20分ほどで仙元山山頂に到着。最も短いコースはそこから一回りして風早橋バス停に戻ります。 当方は仙元山から二子山へ登り、東逗子駅まで歩いた。その歩いた道は複雑なので、山の位置だけ記入。
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■仙元山からの富士山と江の島 (2014.4.15 8:42) ■仙元山からの富士山 (2014.4.15 8:42) 画像は霞んでいるため見られませんが、富士山の右側は塔ノ岳、大山、蛭ヶ岳等の丹沢山地、左側は金時山、神山の箱根山、玄岳、達磨山万三郎岳などの伊豆の山々がみられる、雄大な景観です。 ■仙元山からの森戸神社の鳥居と葉山灯台(裕次郎灯台) (2016.1.27 9:18) 上の画像の左側の海上にある島は名島(菜島)。そこに立つ赤い鳥居は源頼朝が建設した森戸神社の鳥居です。鳥居の近くには葉山灯台(裕次郎灯台)が立っています。石原裕次郎記念碑もあります。 ![]()
![]() ■青い空と海と鮮明な富士山。逗子海岸からも見事な富士山。 サイト「東奔西歩の 『出路迦芽』 写真館」の「 相模湾に映える富士山大歓迎の三浦半島仙元山山歩」 |
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| ■2014.4.15 逗子駅-仙元山-観音塚-上二子山-はがし逗子駅 |
![]() スミレ
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![]() ムラサキケマン |
![]() ウラシマソウ |
![]() ヤマブキ |
![]() ホウチャクソウ |
![]() アオキ |

















