2 葛飾北斎画「富嶽三十六景 駿河町三井見世略図」の職人は材料をどのようにして投げたか
(1) 葛飾北斎画「富嶽三十六景 駿河町三井見世略図(するがちょうみついみせりゃくず)」
図12 江都駿河町三井見世略圖
メトロポリタン美術館所蔵の江都駿河町三井見世略圖
(2) 葛飾北斎画「富嶽三十六景 駿河町三井見世略図」の解説
駿河町は現在の日本橋室町。越後屋三井呉服店は、今の三越百貨店の前身で、日本橋の北側、現在の室町三丁目にあった。看板に「現金、掛け値無し」とあるように、全ての商品に定価をつけた商売は大成功を納め、当時大いに繁盛していた。地上から見上げたような構図で、その視線の先に生き生きと働く屋根職人の姿と風に漂う凧を配する。江戸の庶民の日常生活に静かに溶け込んだ富士の姿が捉えられている。
冨嶽三十六景 江都駿河町三井見世略図 - ジャパンサーチ (jpsearch.go.jp)より引用
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駿河町とは、現在の東京都中央区日本橋室町。そこから、西の方角を眺めると、ちょうど正面に富士山を望ことができるため、富士山のあった駿河国(現、静岡県中部)ちなんだことがその町名の由来となっている。
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空には凧があがっているので、季節は正月である。右の建物の屋根の上では、正月早々職人たちが作業を行なっている。
日野原健司編「北斎 富嶽三十六景」 岩波書店 2019年刊」より部分引用より部分引用。
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この画の右側の越後谷の屋根は富士山と相似形をなしてこの画に斬新な構図を与えております。しかしその為、越後屋の屋根の勾配は50〜60度と異様に大きくならざるを得ず、この屋根での作業など実際にはとても不可能となっています。屋根の右から2番目の職人は、このままでは屋根から滑り落ちてしまうでしょう。この屋根での作業には命綱必要です。下からの荷物を受け止めたり、上から荷物を下に投げ下ろしたりするなど、とても無理です。
正真解説 有泉豊明「葛飾北斎 富嶽三十六景を読む」株式会社目の眼発行 平成二十六年より部分引用。
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(3) 「江都駿河町三井見世略圖」の瓦修理材料の受け渡し
この部分も、「本所」立川と同じように、下の職人が上の職人に瓦修理材料を投げ上げるているように見えます。
下の職人が「いくぞ〜」と声をかけ、上の職に向けて瓦修理材料を思い切り投げる。上の職人は「はいよ〜」と材木を受け取る体勢に入る。その一瞬を描いているようです
下の職人が瓦修理材料を投げた後、瓦修理材料は上の職人の方へうまく飛んでいきます。
しかし、下の職人がどのように瓦修理材料を投げたのかがはっきりしない。
「下の職人が「いくぞ〜」と声をかけ、上の職に向けて材木を思い切り投げる。上の職人は「はいよ〜」と材木を受け取る体勢に入る。」
威勢がいいね
この急な屋根で踏ん張っているね
???????
下の職人はどのように
瓦修理材料を投げたのかな
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図13 「本所立川」の木材の受け渡し部分
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(4) 「江都駿河町三井見世略圖」の下の職人の足の位置
はじめに、下の職人の足の位置が不自然です。この左足と右足を平行に並べるのは北斎特有の描き方です。何か頑張って行うときにこのような位置に描きます。しかし、実際にこのように両足を平行にしてみると、立っているのがやっとで力が入りません。右足が4本指で親指がないのも気になります。
「本所立川」の木材投げの下の職人、木材を切っている職人がこの足の位置です。「北斎漫画」の武術家などでは沢山出てきます。
ここでは、この足の位置が得意という職人と考えて次に進みます。
両足の位置がおかしいぞ
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図14 「本所立川」の下の職人の足の形 |
(4) 「江都駿河町三井見世略圖」の下の職人はどうようにして瓦修理材料を投げ上げたのでしょうか
江戸の物知りがいろんな意見を言います。しかし、どれも当たっていないようです。
正しく |
@正しい投げ方を描いている「働く屋根屋」のように投げたと。両手で瓦修理材料を持って、左腰の辺りから上に投げ上げます。
*この投げ方ですと、瓦修理材料は青線で描いた方向へ飛んでいき上の職人は捕れません。
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左から |
A両手で瓦修理材料を持って、左腰の辺りから上の職人めがけて上に投げ上げます。この投げ方ですと、瓦修理材料は上の職人の方へ飛んでいきます。
*この投げ方ですと、左手と右手が上の職人の方へ行きます。しかし、下の職人はその方向に投げた格好になっていません。 |
右から |
B両手で瓦修理材料を持って、右腰の辺りから上の職人めがけて上に投げ上げます。この投げ方ですと、瓦修理材料は上の職人の方へ飛んでいきます。しかし、下の職人はその方向に投げた格好になっていません。勢いをつけて投げたので上体ごと左に傾き腕の位置も左に向いたかもしれません。
*しかし、上側の職人の位置はそれほど離れていないため、柔らかに投げるのが妥当と思います。また、この足の位置で右側から材料を投げるのも不自然と思います。 |
上から |
C上の職人が下の職人に向けて材料を投げ下ろしていると見ると、材料の位置は妥当です。
*しかし、下の職人は上の職人を見ておらず、体の方向、腕の位置は材料を受け取る準備ができていないため、下の職人は材料を受け取る気持ちがまったく無いようです。 |

正しい物品の投げ上げ
図15 働く屋根屋
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図16 「江都駿河町三井見世略圖」の材料受け渡しの検討図
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(5) 「江都駿河町三井見世略圖」の下の職人の正しい瓦修理材の投げ上げる姿
北斎が、謎かけとしてだまし絵を出されたので、正しい材料受渡しの図を作りました。下の職人が、上の職人に対して材料を投げ上げる図です。下の職人の足の位置、上体、腕の方向を変えました。材料受渡しはこれでできると思いますが、画面の躍動感はなくなったようです。
正しい受け渡しの図
描きました

職人の躍動感がないな
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図17 「江都駿河町三井見世略圖」の正しい材料受け渡しの図 |

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下の職人に正しい投げ方をすると画面全体の躍動感がなくなるのだ
下の職人の手は三井の屋根とタコ糸が作る三角形の空に突き出さないといけない。
その三人の職人の流れの左下に富士山がそびえたっています。その上に二つの凧。
これで、画面全体に躍動感と緊張感が出てきます。
瓦修理材料は上の職人へ投げるが、富士山に「あけましておめでとう 今年もよろしく」という気持ちが腕の方向に出てしまった。
そのため、少しだまし絵のようでもあるかな。 |
図16 「江都駿河町三井見世略圖」の正しい材料受け渡しの図を挿入した全体図
図17 「江都駿河町三井見世略圖」
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そうか、わかったぞ
下の職人は瓦修理材を投げた後
富士山の方に手を挙げて
「あけましておめでとう」と言っているのだ
その素早さ 神業だ |
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(5)北斎は「画本東都游 駿河町越後屋」で瓦の受け取りを描いています。
こちらの上と下の職人の姿は手足ともしっかり描かれています。少し勢いにかけますが。
下の職員の視線が上の職人の方へ行かず、次に投げると思われる河原の方へ行っています。この図も、投げた後瞬時に視線を切り替えたかもしれません。
下の職人の鉢巻姿
下の職人は鉢巻をしているようですが、横から見ると髪の上部にしか白い鉢巻はありません。髪の下にあるとは思えません。鉢巻状のアクセサリーをしているようです。
このような間違い探しをするのが、江戸の人々が「富嶽三十六景」を眺める時の、楽しみの一つであったように思えてきます。「本所立川」の職人の鉢巻姿から類推して下の職人の鉢巻姿を描いてみました。
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(1)下の職人の鉢巻姿
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(2)横から見た鉢巻姿
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(3)鉢巻アクセサリー
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(4)本状立川の職人の鉢巻姿
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(5)鉢巻姿を描いてみました |
Wikimediaの「江都駿河町三井見世略圖」
今回は Wikimediaの「江都駿河町三井見世略圖」を使いませんでした。こちらは、1930年湖頃に新たに作成した作品のようです。
江都駿河町三井見世略圖 メトロポリタン美術館 今回の版: 1930 年頃?。
https://ja.wikipedia.org/富嶽三十六景より引用
(2)右下の板塀が省略されて描けれていない

1830年版
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Wikimedia1630年版 塀板が途中で省略 |
(3)富士山を重ね合わせると他の場所が一致しない。原因は未検討。
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