曽我山は2011.2.4の早朝に歩きはじめ朝焼けの富士山と相模湾と白梅を眺めたのが最初です。 ![]() ![]() その山歩きが気に入り、一足早い春を求めて毎年のように曽我山に来ています。2011.02.04、2012.03.07、2014.02.18、2017..01.2.8、2018.02.20、2023.02.12。 ここでは、2017.01.28の山歩きを中心に記載します。 |
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■曽我山と富士山 (江の島大橋から) ![]() |
■8:33 小田急江ノ島線湘南台駅発。藤沢駅乗り換えで、JR東海道線国府津駅へ。 ![]() ■9:27 明治20年開業の国府津駅着。 ![]() ■9:28 富士山が見えます。 ![]() ■9:36 曽我山の安楽院裏手の農道からの富士山。富士山左は箱根の山々、富士山右側に櫓のような矢倉岳、その右側は三国山稜。 ![]() ![]() ■9:38 曽我山の安楽院裏手の農道からの富士山。矢倉岳が富士山を見張っています。 ■9:38 曽我山の安楽院裏手の農道からの富士山。壁紙用。 ■9:52 曽我山の農道からの富士山 ■10:07 農道横の枯葉の中にゴリラさんが休憩中。。 ![]() ![]() 1年後には蜜柑を一杯抱えて満足そうな顔をしていました 2018.02.20 9:38 ![]() 2020年の次のサイトでも出てきます。長生きしています。がんばらない山歩き・糸の会&伊藤幸司 (itonokai.com) ■10:08 ゆるやかな坂道の農道を進みます。 ■10:15 曽我山の農道は蜜柑畑のための農道と思います。蜜柑の無人販売所が数か所ありました。蜜柑100円、柚子100円購入。 ![]() ■10:16 曽我山の農道から時々富士山 ![]() ■10:20 西山農道に到着右側には相模湾が見えます。 ![]() ■10:21 西山農道の左には、河津桜が咲いている休憩所。 ■10:22 西山農道休憩所からの河津桜と富士山 ![]() ■9:37 河津桜と富士山。 ![]() ■10:22 河津桜とメジロ。 春の花に最適な若草色と白色に配色されたメジロ。とても気に入ったのでしばらくメジロが続きます。 ![]() ![]() ![]()
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ホオジロ(頬白、黄道眉、画眉鳥、Emberiza cioides)は、スズメ目ホオジロ科ホオジロ属。東アジアに広く分布し、顔の模様とさえずりが特徴的な小鳥である。 ホオジロ - Wikipedia ![]() ■10:32 ツグミ ツグミ(鶇、学名:Turdus eunomus)はスズメ目ヒタキ科ツグミ属。 和名は冬季に飛来した際に聞こえた鳴き声が夏季になると聞こえなくなる(口をつぐんでいると考えられた)ことに由来するという説がある。 ツグミ - Wikipedia ![]() ■10:39 高山へ出発して、途中に「五国峠農道記念碑」。昔は、ここから伊豆、相模、甲斐、武蔵、安房の5つが展望できたようです。 ■10:44 農道の周りは蜜柑畑。後ろの山は大山です。 ■10:47 曽我山中腹の農道からの富士山と矢倉岳。矢倉岳が富士山の中央に近づいてきました、 ■10:53 相模湾、吾妻山、湘南平 ![]() ■2012.3.7 11:47 2017年には行かなかった「風外慧薫禅師 岩窟」 ![]() ![]()
■11:05 高山までの道で春を感じる、蜜柑。 ■11:08 菜の花。 ![]() ■11:08 可憐な青い花。オオイヌノフグリ。牧野富太郎が命名したといわれています。 ■11:30 オオイヌノフグリの友達、ホトケノザ。ほとんど同じところで仲良く咲いています。 ■11:33 ここが高山か。 今回は、ここから六本松方向に進み、途中で見晴台に下ります。 ![]() ■11:35 富士山を眺めて、六本松方向に進みます。 ![]() ■11:36 梅の木の上に富士山 ![]() ■11:38 梅の木の上に富士山。 ![]() ■11:41 ここから一本松、六本松跡にはいかず、見晴台に進みます。 ![]() ■11:44 見晴台に、ベンチが有ります。 ![]() ![]() ■11:45 曽我山見晴台からの富士山 ![]() ■2011.2.4 8:13に撮影した画像が少し鮮明ですので、これで山座同定しました。藤さん展望台の矢倉岳と金時山が目立ちます。 ■11:45 曽我山見晴台からの富士山 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
■12:28 梅の上の富士山を見ながら出発。 ![]() ■12:29 この辺りは見事に咲いています。 ![]() ■12:41 梅林 ![]() ![]() ■12:41 曽我山の梅と富士山。 ![]() ■12:44 梅林に下りる途中で曽我兄弟の母満江御前の墓が有ります。曽我兄弟の墓は山麓迩ある城前寺にあるようです。 ![]() ■13:10 シメ ムクノキ、エノキ、カエデなどの種子を主食とする。果肉の部分は摂取せず、太い嘴で硬い種子を割って中身を食べる。 地鳴きは「チチッ」「ツイリリーッツー」。他のアトリ科の鳥と比べると鋭い声である。 シメ - Wikipedia ![]() ■13:20 スズメもかわいいです。 ![]() ■14:20 この後梅の里食堂の横を通り、川沿いの道を国府津駅まで歩きます。 ![]() ■14:08 国府津駅到着 2018年2月20日の梅まつり会場満開の別所梅林
![]() 食べ物屋の露店が並びます ![]() 梅の木食堂横の梅の木に囲われたテーブル ![]() 梅の木食堂裏の見事な梅林 ![]() ![]() 2014年2月18日の梅林梅の木食堂裏の見事な梅林 ![]() 記念撮影がしたくなる見事な梅林 ![]() 見事な梅林 ![]() ![]() 2023年2月12日に曽我山頂上の不動山登頂
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六本松跡
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六本松跡は、曽我山(当時山彦山といった)の峠道で、六本の古松があったことからこう呼ばれています。この峠は鎌倉時代、曽我氏・中村氏・松田氏・河村氏の各豪族の居館と鎌倉を結んでおり、曽我別所から足柄峠へと通ずる「鎌倉道」、大山からこの峠を越えて高田・千代・飯泉へ通ずる「大山道(中村通)」、そして押切方面より小田原に至る「箱根道」が交わる重要な峠であったといわれています。 現在は、一本の松も存在しませんが、大正7年(1918)孤山人(尾崎八束‐宗我神社神官)筆の六本松跡碑があります。 小田原市 | 六本松跡と芭蕉の句碑 (city.odawara.kanagawa.jp) |