春の花 オオイヌノフグリ 誰が名付けたか


  





1 松田山の山歩きで
オオイヌノフグリ
2 「オオイヌノフグリ」は
「イヌフグリ」から
3 誰が、何故「オオイヌノフグリ」
と名付けたか
 






3 誰が、何故「オオイヌノフグリ」と名付けたか


(1)牧野富太郎と「オオイヌノフグリ」との出合いと命名


牧野富太郎が「オオイヌノフグリ」に出会った時の記録が二件あります。






牧野富太郎20歳の頃の写真は牧野富太郎と伊吹山 牧野植物園。明治の青年とは思えない好男子です。



①牧野富太郎が「オオイヌノフグリ」に出会った時の記録1


【帰化植物としてのオオイヌノフグリ】

環境省の侵入生物データベースによれば、

侵入年代:1887年に東京で確認、大正時代初期に全国に拡大



ちなみに1887年に東京で認められたというのは、「原色帰化植物図鑑(保育社刊行)」によると「牧野富太郎、大久保三郎などによって認められた」ということのようです。この時のエピソードは、

「明治20年(1887)の春、牧野富太郎が、東京のお茶の水に植物採集に出かけたときのことです。
ふとみると、まだ見たこともないコバルト色の花が土手一面に咲いており、まるで満天の星を見るようだったと書いています。やがてこの草は、欧州原産のVeronica persica Poir.とわかり、オオイヌノフグリ名付けられて、発見の記事が植物学雑誌に載ることになりました。当時は帰化植物の数もごく少なく、新帰化植物の発見は珍しい出来事だったようです。」

ということのようです。オオイヌノフグリは、牧野冨太郎の命名のようです。

桜草数寄(Sakuraso House) - 帰化植物としてより引用

「原色日本植物図鑑 草本編1」著者● 北村 四郎・村田 源・堀 勝 共著。初版は1957年(昭和32年)発行


「やがてこの草は、欧州原産のVeronica persica Poir.とわかり、オオイヌノフグリ名付けられて、発見の記事が植物学雑誌に載ることになりました。」とありますので、誰が名付けたかは記載されていませんが、文の流れから、発見者である牧野冨太郎が名付けたと、「桜草数寄」と同様に推察します。



②牧野富太郎が「オオイヌノフグリ」に出会った時の記録2


「オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)」の命名者を牧野富太郎博士とするインターネット記事がしばしばありますが、これは誤りです。正確には、江戸時代に日本在来種(あるいは史前帰化)の「イヌノフグリ」が既にあったのです。その後(明治時代)に欧州から渡来したものに博士が、その名の先頭に大きい意味の「オオ(大)」を付けて「オオイヌノフグリ」と新称を与えたのです。

牧野富太郎博士から親しく教えを受けた弟子の一人である中村博博士が編者となり、少年少女向きに牧野先生が直接語りかけるように書かれたシリーズ本があります。
その内の一冊「牧野富太郎 植物記1 野の花1」において、「第 3 節 春の野の花」の中で「オオイヌノフグリ」が紹介されています。

「早春、いち早く咲きだす花にオオイヌノフグリ(図 33)があります。この花は小さいながら、その美しさは人々の目をうばいますが、なんとなくバタくさい感じで園芸植物の感じもします。それもそのはずで、この草は、もともと外国の草で、そのふるさとはヨーロッパだと思われます。
この草は、元来日本にはなかった草で、江戸時代までは、この草はまったく人の目にふれることがありませんでした。このため古い歌や物語などには全く出てくることがないのです。

この草が日本にわたってきたのは、明治のはじめといわれていますが、わたしがはじめてこの草を見たのは明治17年でした。採取した場所は今の上野公園で、そのころはまだ野原で、東京市内でも道ばたにはいろいろな草がおいしげっていました。]






hiroba-210901-topics-of-flower_name-by-TI.pdf (sakura.ne.jp)より引用

「牧野富太郎 植物記1 野の花1」(7刷)はあかね書房から昭和49年(1973年)発行ですので、
牧野富太郎博士(1862-1957年)は直接関与していないか。


発見年が1884年で発見場所が上野公園と「牧野富太郎 植物記1 野の花1」と異なりますが、牧野富太郎が発見者として記載されています。 環境省の侵入生物データベースは「原色帰化植物図鑑(保育社刊行)」方を採用しています。


上記2件で、「オオイヌノフグリ」の発見者が、牧野富太郎でそれにより「オオイヌノフグリ」と命名したと推察されますが、二冊の本に「命名者は牧野富太郎」の記載がないこと、発見年と発見場所が異なること、が気になります。また、下記に示した1940年刊の牧野日本植物図鑑では、「おほいぬのふぐり」は明治初年に渡来したと書いてます。明治初年は明治1~10年と考えると上記二件とも異なり、「オオイヌノフグリ」の発見者ははっきりしません。


「オオイヌフグリ」の命名者を「牧野富太郎 」と確定するには、発見の記事が載った植物学雑誌の全文を見ることが必要です。。





牧野日本植物図鑑(1940年) p140


(新牧野日本植物図鑑(2008)の記載では 和名:オオイヌノフグリ)





(2)牧野富太郎

しかし、これより先、「オオイヌフグリ」の命名者を「牧野富太郎 」として検討を進めるので、その人物の概略を示します。

「日本の植物学の父」といわれ、多数の新種を発見し命名も行った近代植物分類学の権威である



牧野 富太郎(まきの とみたろう、1862年5月22日(文久2年4月24日) - 1957年(昭和32年)1月18日)は、日本の植物学者。高知県高岡郡佐川町出身。

「日本の植物学の父」といわれ、多数の新種を発見し命名も行った近代植物分類学の権威である。その研究成果は50万点もの標本や観察記録、そして『牧野日本植物図鑑』に代表される多数の著作として残っている。小学校中退でありながら理学博士の学位も得て、生まれた日は「植物学の日」に制定された。

94歳で亡くなる直前まで、日本全国をまわって膨大な数の植物標本を作製した。個人的に所蔵していた分だけでも40万枚に及び、命名植物は1,500種類を数える。野生植物だけでなく、野菜や花卉なども含まれ、身近にある植物すべてが研究対象となっていたことが、日本植物学の父と言われる所以である。


多くの植物の命名を行い「雑草という名の植物は無い」という発言をしている

発見、命名した植物:命名は2500種以上(新種1000、新変種1500)とされる。自らの新種発見も600種余りとされる。


                     牧野富太郎 - Wikipediaより引用
 



(3)何故「オオイヌノフグリ」と命名したか

オオイヌノフグリ-ウィキペディア』に、「オオイヌノフグリ」の和名は「イヌノフグリ」に似てそれより大きいために付けられた。」とあります。

「オオイヌノフグリ」と「イヌノフグリ」の分類、特徴などをまとめました。この表を見ながら、「オオイヌノフグリ」の命名について検討します。



オオイヌノフグリ
イヌフグリ
オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢、学名:Veronica persica)は、オオバコ科クワガタソウ属の越年草。

和名はイヌノフグリに似てそれより大きいために付けられた。フグリとは陰嚢のことで、イヌノフグリの果実の形が雄犬の陰嚢に似ていることからこの名前が付いた。オオイヌノフグリの果実はハート型で、フグリに似てはいない。
イヌノフグリ(犬の陰嚢、学名:Veronica polita var. lilacina)は、オオバコ科[3]クワガタソウ属の越年草。

和名の由来は、果実の形状が雄犬の「フグリ」、つまり陰嚢に似ていることから、戦前にそう呼ばれていた[4]。

分類(APG III)
 
分類(APG III) 
界 : 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
階級なし : キク類 asterids
階級なし : シソ類 lamiids
目 : シソ目 Lamiales
科 : オオバコ科 Plantaginaceae
属 : クワガタソウ属 Veronica
亜属 : V. subg. Pocilla
種 : オオイヌノフグリ V. persica
界 : 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
階級なし : キク類 asterids
階級なし : シソ類 lamiids
目 : シソ目 Lamiales
科 : オオバコ科 Plantaginaceae
属 : クワガタソウ属 Veronica
亜属 : V. subg. Pocilla
種 : イヌノフグリ(広義) V. polita
変種 : イヌノフグリ V. p. var. lilacina 
学名  学名 
Veronica persica Poir  Veronica polita Fr.
Veronica polita Fr.var. lilacina (T.Yamaz.) T.Yamaz. 
シノニム  シノニム 
Pocilla persica (Poir.) Fourr. 

*シノニム:同一と見なされる分類群(種や属など)に付けられた学名が複数ある場合に、そのそれぞれをいう。
Veronica polita Fr. subsp. lilacina (T.Yamaz.) T.Yamaz.
Veronica caninotesticulata Makino, nom. nud.
Veronica didyma Ten. var. lilacina T.Yamaz.
Veronica didyma auct. non Ten. 
英名   英名 
large field speedwellPersian speedwell ,winter speedwell
Bird's Eye Cat's Eye(筆者追加)
Grey Field-speedwell
 (speedwellはクワガタソウ)
 花   花





花弁は4枚。ただし、それぞれ大きさが少し異なるので、
花は左右対称である。
色はコバルトブルーだが、まれに白い花をつけることがある。
花は太陽の光によって開閉し、1日で落花するが、
2日めにもう一度開くものもある[4]。


花は直径8-10mm
 


3-5月にかけて、淡いピンク色をした3-5mmの花をつける。
花弁には紅紫色のスジが入り、深く4裂する。
雄蕊は2本で花の中央に立つ。




FLOS, 花: イヌノフグリ-1 より引用
 
 



写真の実の横幅約7.5㎜
 

写真の実の横幅約5.3㎜
分布   分布
ヨーロッパ原産。アジア(日本を含む)、北アメリカ、南アメリカ、オセアニア、アフリカに外来種(帰化植物)として定着している。

日本に入ったのは明治初年と推定され、1884年あるいは1887年に東京で見られてから急速に拡大し、1919年には全国的にありふれた草になった
。 
 東アジアに広く分布し、日本では本州以南に見られる在来種(古い時代に渡来した帰化植物である可能性あり)であり、かつては路傍や畑の畦道などで普通に見られた雑草であった。

しかし、近年は近縁種の帰化植物であるオオイヌノフグリにその生育地を奪われた
オオイヌノフグリ-ウィキペディアより引用    イヌノフグリ - Wikipediaから引用



①発見した植物は「Veronica persica Poir 」

牧野 富太郎がお茶の水で発見した帰化植物をしらべたら、学名が「Veronica persica Poir 」というクワガタ属の植物であることがわかりました。

また、日本の在来種でVeronica persica Poirと同じ分類の「クワガタソウ属」の植物として「イヌノフグリ」があることがわかった。その葉や茎の姿はVeronica persica Poirと似ている。しかし、「イヌノフグリ」の花は淡いピンク色でVeronica persica Poirの花はコバルトブルーで似ているとは思えない。では「イヌノフグリ」の名前の基になった実の形はどうか。
「Veronica persica Poir」を発見した時が春なので、その時は確認できないが、植物書を調べればわかります。1779年発行の植物書にVeronica persica Poirの画像があり、「g」にその実が描かれています。



  

Veronica persica Poir., syn. Veronica tournefortii C. C. Gmel. non Vill. 1779, nom. illeg.
オオイヌノフグリ-ウィキペディアより引用



『ウィキペディア(Wikipedia)』では、二冊の引用書物を示してオオイヌノフグリの果実はハート型で、犬のフグリに似てはいないとしています。

しかし、上図の実の画像及び上表の実の写真は、両方とも「イヌの陰嚢」に似ていると見えます。

牧野富太郎も、上記した「牧野富太郎 植物記1 野の花1」の図33で「オオイヌノフグリの実(犬のいんのうに似ている)」と書いてますので。「Veronica persica Poir」の実も犬の陰嚢に似ていると確認したと思います。


Veronica persica Poiと「イヌノフグリ」は、実の形も含めて「外見」は似ており、「分類」は界から亜属まで同じ分類になっています。
しかし、それらが似ており、其の姿が「イヌノフグリ」より大きいからといって、それだけで「オオイヌノフグリ」と名付けるとは思えません.。帰化植物に在来種の名前にちなんだ名前を付ける必要はないと思います。

Veronica persica Poirと言われた花のイメージは青い可憐な花が咲き、「オオイヌノフグリ」の名前のイメージは違いすぎます。




②Veronica persica Poirの別名


「聖ベロニカの花」

Veronica persica Poirは、下記の言い伝えから「聖ベロニカの花」と言われ、花言葉は「神聖、清らか、忠実、信頼」です。

コバルトブルーの清らか花の印象にぴったりです。通常では、Veronica persica Poiの和名に、これらに関する植物名を付けたくなります。




ゴルゴタの丘の刑場まで、自らの処刑に使われる十字架を背負わされて、喘ぎながら石の階段を登っていくイエス。十字架の重さに耐えかねて倒れたイエスを見かねて、群衆の中から走り出て布(ヴェールとするものもある)を捧げた婦人があった。その名をベロニカという。イエスは顔を拭い、婦人に返すと、そこにイエスの面影が残った・・・

Veronicahaは、イエス=キリストが十字架を負って刑場に向かう途中、顔をぬぐう布をささげたという伝説上の聖女。イエスはその布に面影を写して返したと伝える。


persicaは「桃の葉のような」と意味です。
その昔モモがペルシャから来たと思われていたため、モモの学名を、初めは Persica vulgaris としていましたが、その後、今の学名、Prunus persica に改められたといういきさつがあるのです。

Poirは命名者でジャン・ルイ・マリー・ポワレ,フランスの聖職者、植物学者、探検家




学名のVeronicaは聖女ヴェロニカ (聖人)と同じ綴りであるが、この属は元々Vetto-nica(ベットニカ)であったものが変じてVeronicaとなったとみなされており、直接的な関連性はない。だが、花言葉は聖女にちなんだものがつけられている。

クワガタソウ属 - Wikipediaより引用



 聖顔布を手にする聖ヴェロニカ、
15世紀のドイツ画家(作者不明)

聖ヴェロニカ - Wikipedia



また、「オオイヌノフグリ」に後からつけられた日本の別名に、「瑠璃唐草」、「天人唐草」、「星の瞳」があります。このような名前が、命名する時に何故出てこなかったのか不思議です。


「瑠璃唐草」

江戸時代には帰化植物のことを「唐草」と言ったそうですから、「瑠璃唐草」とは「渡来した瑠璃色の花」という意味。

「瑠璃唐草」は、今ひたち海浜公園みはらしの丘に植えられて人気があるネモフィラの別名でもあります。オオイヌノフグリとよく似ています。分類はムラサキ科です。
葉の形が唐草模様に似ていることから、和名ではルリカラクサ(瑠璃唐草)と呼ばれる。
「オオイヌノフグリ」ではなく「瑠璃唐草」と名付けていたら、この花がひたち海浜公園みはらしの丘を青く染めていたかもしれません。





ネモフィラ 花の直径20㎜

ネモフィラ - Wikipediaより引用


「オオイヌノフグリ」 2015.3.5  花の直径7~10㎜




「天人唐草」

天女のように高貴で美しい唐草か。検索では山岸凉子による日本の漫画が多くでてきます。天人唐草 - Wikipedia



「星の瞳」

千葉県で「オオイヌノフグリ」の別名としてあるようです。.(. | レファレンス協同データベース)

青い可憐な花は、天上に輝く星のようです。英語名はBird's Eye(鳥の目)、あるいはCat's Eye(猫の目)ですが、いずれもそのきらめきを「瞳」に例えたのでしょう。

牧野 富太郎も。上記の「原色帰化植物図鑑」で「まだ見たこともないコバルト色の花が土手一面に咲いており、まるで満天の星を見るようだった」とあります。牧野 富太郎の最初のイメージは「星の瞳」に近かったようです。


俳人高浜虚子はいぬふぐりで二句読んでいます。俳句のいぬふぐりは、オオイヌノフグリを指しており春の季語です。

  いぬふぐり星のまたたく如くなり

  水際まで咲き拡がりし犬ふぐり

しかし、満天の空にまたたく星のような花に、24歳の牧野富太郎は「オオイヌノフグリ」と名付けました。



「オオイヌノフグリ」の名前の世間の評判


江戸時代ではイヌフグリの名の植物書が多い。江戸時代ですから、かえっておもしろい名前として定着したかもしれません。
『本草図譜』岩崎灌園では「仙人草(せんにんさう)」として、別名に いぬのふぐり(京) たむしづる へうたんぐさ(江戸)とあります。


牧野 富太郎が「オオイヌノフグリ」と命名した明治20年頃の評判は、不明です。


昭和のはじめの頃は、ある学者がイヌノフグリという名は教育上けしからんといって、この草の名をハタケクワガタに変えようと言いだしましたが、ついに変えることはできませんでした。

しかし、文化勲章を受けた詩人の草野心平が昭和21年に書いた「春のうた」の一節に「いぬのふぐり」が出てきます。

    ほっ いぬのふぐりがさいている。
    ほっ おおきなくもがうごいてくる

この詩で「いぬのふぐり」は春の花の代表になっています。そして、遅くても2013-2021年の小学校4年生の教科書に掲載されています。戦前、教育上けしからんとい言われたイヌフグリが戦後春の花の代表として小学校の教科書に載っています。
その説明文には、それによって詩全体の雰囲気が違ってくるからか、「おおきなくも」が「大きな雲か「大きな蜘蛛」かの検討が多いです。
しかし、何故か「いぬのふぐり」の由来になった実と犬の陰嚢の関係についてはほとんど記載がなく、残念です。

草野心平「春のうた」/7聖徳大学附属小学校 ・・全文
茨城大学教育実践研究 32(2013), 1-15-草野心平「春のうた」の解釈と授業実践。。論文


上記したように高浜虚子(1874〜1959年)の俳句以外でも、いぬふぐりは春の季語として俳句に多く使われています。

俳句のサロン-歳時記(1998-2012年)の「いぬふぐり 1」、 に100句、「いぬふぐり 2」に167句あり、とても人気のある春の季語です・

陽は一つだに数へあまさず犬ふぐり   中村草田男
真先に笑ひかけしは犬ふぐり      小山徳夫
馬とびの馬のつぶれて犬ふぐり      小沢昭一
一帯は激震の跡犬ふぐり        安原葉



上条恒彦が「いぬふぐり」という曲を出してます。

さて、上条恒彦氏ですが1996年に自主制作のCDアルバム「冬の森で」をリリースしています。当時新聞に取り上げられた記事を見て購入しました。このアルバムの中にも「だれかが風の中で」が収録されています。CDアルバム「冬の森で」収録曲の1曲目がすずきみちこ氏作詞作曲の「いぬふぐり」という歌です。これも反戦歌です。全盛期の声に比べるとやや枯れた声で上条氏が歌っています。「丘は今も柴山 いぬふぐりが咲いている」。聴いた瞬間に引き込まれると言うほどの曲でもないのですが、共に素朴で力強い詞と旋律がいつの間にか心にしっかり納まっています。歌曲と言う範疇には入らないのかもしれませんが、歌い継いで行きたい曲の一つです。
歌手 上条恒彦   歌 「だれかが風のなかで」  「いぬふぐり」 - 生涯を完結させるまでに歌いたい歌、最近始めたヴァイオリンとフルートはどこまで演奏できるようになるか、と時々ワンコ

現在、各サイトでの「オオイヌノフグリ」の名前の評判は、公で話題にしにくい、青く可憐な花に不憫、無粋、下品な名とあまり良くないようです。

現在の「オオイヌノフグリ」の名前の評判は、分野、見る人により評価が分かれている状況と思います。



④牧野 富太郎が、お茶の水で発見した外来植物を「オオイヌノフグリ」と命名した理由

お茶の水で発見した外来植物の学名が「Veronica persica Poir 」で「聖ベロニカの花」といわれており、コバルト色の花が土手一面に咲いており、まるで満天の星を見るようだったと書いているのにその花を「オオイヌノフグリ」と命名した。

牧野富太郎は、「イヌフグリ」の和名が気に入っており、それを使いたいためにお茶の水で発見した外来植物を「オオイヌノフグリ」と命名したと推察します。
命名した後の評判は気にしなかったと思います。


「イヌフグリ」の和名が気に入っていた事由(その1)

「イヌフグリ」は6個の学名が有ります。牧野富太郎は1940年にイヌフグリを新種として「Veronica caninotesticulata Makino」という学名を与えました。
ラテン語で,canino とはイヌ,testiculata とは陰嚢の意であるので,和名そのままを種小名をつけたことになり、これは牧野富太郎だけです。
学名でも、「イヌフグリ」の別名である「瓢箪草」、「天人唐草」などは使いません。地錦は(ツタ、ジキン)とよびますが、イヌノフグリの漢名(広辞苑)らしい。


一方,牧野富太郎はイヌフグリを新種としVeronica caninotesticulata Makino ③ を与えた(Ill. Fl. Nippon日本植物図鑑: 140, f. 418 (1940))****.

高知県立牧野植物園
「第418圖 ごまのはぐさ科/いぬふぐり(地錦)/一名 いぬのふぐり・へうたんぐさ・てんにんからくさ
Veronica caninotesticulata Makino /(中略)
蒴果ハ扁圜ニシテ縦ニ一溝ヲ有シ,宛モ二箇相接スルノ状ヲ呈ス.本種ハ元来外来ノ植物ナルベシト雖モ決シテ V. agrestis L. 或ハ V. polita Fries. ニ非ズ,故ニ今此ニ上掲ノ新学名ヲ剏定セリ.和名狗フグリハ其果実ノ状狗ノ陰嚢ニ似タレバ云ヒ,瓢箪草ハ同ジク果実ノ状ニ基キシ名,天人唐草ハ其草姿ヲ形容セル称ナル.漢名 婆々納(誤用)」

なお,ラテン語で,canino とはイヌ,testiculata とは陰嚢の意であるので,和名そのままを種小名をつけたことになる.
面白い学名と思うが,残念ながら現在は「裸名」とされ,用いられないようだ.(nomen nudum(nom. nud.)裸名:記載文あるいは判別文を伴わないか,あるいは記載文または判別文への出典引用を伴わないで発表された新分類群の名称(メルボルン規約)).

 

(Ill. Fl. Nippon日本植物図鑑: 140, f. 418 (1940))    高知県立牧野植物園
FLOS, 花, BLUME, FLOWER, 華,FLEUR, FLOR, ЦBETOK, FIORE: イヌノフグリ-3 6つの学名 より



「イヌフグリ」の和名が気に入っていた事由(その2)

「牧野富太郎 植物記1 野の花1」で、「イヌノフグリ」について「しかし、こうしたかわった名は一度おぼえたら忘れがたいものです。イヌノフグリ、おおいにけっこうです。」と書いています。


「イヌノフグリの仲間の実は、二子山のように二つにくびれていて二つの乳房が並んでいるように見えます。乳房ならほほえましいといえますが、むかしの人はこれを雄犬のまたのあいだに見えるフグリにみたててイヌノフグリという名をあたえたのです。フグリとはむかしのことばで○○○○のことです。こうして、この草に妙な名がつけられてしまったのです。イヌノフグリとはつまり犬の○○○○のことです」(牧野先生は○○○○をキ何とかとはっきりと書いています)。

「こういう名前は一度おぼえたら忘れがたいものです。イヌノフグリ、おおいにけっこうです」

「昭和のはじめごろでしたか、ある学者がイヌノフグリという名は教育上けしからんといって、この草の名をハタケクワガタに変えようといいだしましたが、ついに変えることはできませんでした・・・・ものの名前というものは、そうむやみに変えてよいはずのものでなく、よほど特別の理由でもないかぎり、昔からのよび名を尊重すべきだと思います」。
オオイヌノフグリのこと: 道草の時間 の「牧野富太郎 植物記1 野の花1」より引用



「かわった名は一度おぼえたら忘れがたいもの」として、牧野富太郎が命名した植物名。


ハキダメギク (掃溜菊)
 ごみ捨て場で見つけたから。学名:Galinsoga quadriradiata)は、キク科コゴメギク属の一年生植物。
[ハキダメギク]ひどい名前シリーズ〜ハキダメギク|キク... - エバーグリーンポスト

ワルナスビ (悪茄子)
ナス科の多年草:北米原産のナス科植物。葉や茎に鋭いとげがびっしりと生え実などに毒がある。繁殖力は極めて旺盛。除草剤も効きにくいので、いったん生えると駆除は難しいという・「地下茎を引き除いても引き除いても切れて残り、それからまた盛んに芽出って来て…。イヤハヤ困ったもんである」。始末に負えない害草なので「悪(わ)る茄子(なすび)」との意味
数多くの新種の植物を発見、命名して「日本の植物学の父」と呼ばれた牧野富太郎…|【西日本新聞me】

トラノハナヒゲ (虎の鼻髭)
イヌノハナヒゲが細い植物体を犬の髭に見立てたのに対して、犬と虎を対比させて命名したものだと命名
(トラノハナヒゲ - Wikipedia
) 

オトコラン (男子蘭) たくましいので 
「キミガヨラン」 (君ヶ代蘭)  学名の種小名「グロリオサ」の「栄光のある」という意味を「君が代は栄える」という風に解釈して名付けられた。
牧野富太郎 植物一日一題 (aozora.gr.jp)
あつばきみがよらん(厚葉君ヶ代蘭): 夢彩人_樹木・草 (webry.info) 

ノボロギク (野襤褸菊  学名: Senecio vulgaris)は、キク科の越年生または一年生の広葉雑草。サワギクの別名がボロギク(襤褸菊)であり、それに似た野生のものの意味 ボロギクは、花の咲いた後の状態が、ボロ切れのように見えることから名付けられました。
ベニバナボロギク - Wikipedia

こんな愛情がこもった名前も付けてます  
スエコザサ (寿衛子笹) 富太郎博士が仙台市で発見したもので、昭和3年に亡くなった寿衛子夫人に因んで名づけられました。
土佐の造り酒屋に生まれた牧野は、独学で植物を研究。結婚し子どもが13人できても植物に夢中で、家庭を顧みずに野や山を渡り歩いた
 スエコザサ


⑤まとめ


帰化植物「オオイヌノフグリ」は、犬の陰嚢とは何ら関係なしに、在来種の「イヌフグリ」に姿形が似ていて、それより大きいために「オオイヌノフグリ」」と名付けられた不適当な名前を持つ不憫な植物と思っていました。

しかし、この帰化植物は牧野富太郎が見つけて、その実が「イヌフグリ」と同じように「犬の陰嚢」に似ていること、他の姿形も似ており、分類も同じベロニカ属であることから「オオイヌノフグリ」と名付けた。その時、「聖ベロニカの花」、「瑠璃唐草」、「星の瞳」など、コバルトブル-の花をもち、清らかで可憐なイメ-ジに合う名前を選ぶ事はできたが、牧野富太郎は「イヌノフグリ」の名をとても好んでおり、その名に「オオ」を加えた「オオイヌノフグリ」」にしたと推察します。

「オオイヌノフグリ」の発見、命名を掲載した雑誌の本文に、命名の経過が書いてあるかもしれません




雨にも負けず、風にも負けず、不憫と言われる名前にも負けず、

春一番に青い可憐な花を野原一面に咲かせるオオイヌノフグリ、とても魅力的な花です。



こんげつのかべがみ~(フリー壁紙) (kachoufuugetu.net)より引用













2 オオイヌノフグリは一日花



(1)野原一面に咲くオオイヌノフグリが、一日だけ咲いて、その日のうちに枯れてしまう「一日花」と知り驚いた。野原一面に咲いた花が散った後、また野原一面に新しい花を咲かせるとは大した花である。

オオイヌノフグリ(Veronica persica)の花は,とても短命。「一日花」と言うより,半日花とでも言うのでしょうか。一花は,朝に咲き始め,夕方前には花弁が落ちてしまいます。その上,天気が悪いと、花は充分には開かず,なんとそのまま次の日に落ちてしまうこともあります。
*野原一面に咲くオオイヌフグリの落花のビデオもあります。

 

第2回配信(2006年5月1日)「オオイヌノフグリ」 | 日本植物学会 より引用


(2)しかし、この説に疑問を持つ人がおり、実際に観察して「二日、三日咲く花もある」と記載しています。
晴れた日は、殆どの花は一日で散っていくが、天候により二日、三日迄咲いている花もあるようです。
一株で、70の花が咲くとは驚きます。


2021年4月18日 9:51
あまり良い写真ではありませんが、目印として結んだ葉っぱはしっかり写っていますね。
少なくとも2日目まで咲いていることは確認できました。
オオイヌノフグリは一日花ではない……。と言えそうです。


☆ 晴の日、昨日の夕方のつぼみはパッと開き、うまく受粉が出来ると、さっさと散ります。これは一日花と感じられますね。(開いてから散るまでを一日と考えたら、ですが)
☆ 受粉できなくて翌日また咲く花と、  固い蕾で先の方にわずかに色が見えているものも「花」として認めるなら、 ↑のように開いて、その日のうちに散る花でも二日咲く花ということになります。
オオイヌノフグリの謎? - そよ風つうしん より引用


春を知らせるこの花は、開花すると1~3日で散りますが、次の花がもう咲いています。作者が観察のために植えた一株からは、70の花、1400もの種ができました。可憐な花の1年を細密画で描きます。
おおいぬのふぐり|福音館書店 )より引用


花は太陽の光によって開閉し、1日で落花するが[5]、2日めにもう一度開くものもある。花の中心にある蜜でハチ、ハナアブ、チョウなどの虫を誘う虫媒花だが、自家受粉も可能で、自家受粉でよく見られる近交弱勢はないか非常に小さい。
オオイヌノフグリ - Wikipediaより引用



オオイヌノフグリは、二、三日のあいだ、花の開閉を繰り返します。花びらが落ちたあとに、めしべが残されています。このめしべの下にある小さなふくらみが、およそ3週間かけて成熟し、実を結ぶのです。




(3)一日花で、最も身近な花は朝顔ですが、その他、フヨウ、アメリカフヨウ、ハイビスカス、アジアンハイビスカス、ノウゼンカズラ、ヘメロカリス、アサガオ、月下美人、沙羅の木、ギボウシ、ツユクサがあります。

北陸の風物、大人の恋の儚さを比類なき美しさで描いた名作に高橋治「風の恋盆歌」(1985年)があります。

この小説をもとにした、なかにし礼作詞・三木たけし作曲・石川さゆり歌唱の「風の恋盆歌」(1989年)があります。


蚊帳の中から 花を見る

咲いてはかない 酔芙蓉

若い日の 美しい

私を抱いて ほしかった

しのび逢う恋 風の盆






石川さゆり 風の盆恋歌 歌詞 - 歌ネット より引用
 

酔芙蓉  

 酔芙蓉の商用利用可フリー写真素材6321 | フォトック (photock.jp)より引用

ここで出てくる「酔芙蓉」は、朝花が咲いて夕方には散ってしまう1日花です。 その1日のなかで花色が白から濃いピンクへと変化していきます。

物語のすべてを表現するかのように一日花の酔芙蓉がでてくるのに感心しました。酔芙蓉が出てくると、不倫の恋も大人の儚い恋に変わります。







3 オオイヌノフグリは「らんまん」には出てきませんでした。


朝ドラ108作目『らんまん』は高知県出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルとしたオリジナルストーリー。

主演:神木隆之介 ヒロイン:浜辺美波 
2023年4月3日(月)より放送開始


残念ながら「らんまん」では「オオイヌノフグリ」発見の話は出てきませんでした。
また、このコラムに関連する項目がたくさんありますが、今回は全て扱いません。

番組の終わりに視聴者が描いた植物の絵を紹介する時間が有り、
藪椿の絵を送ろうとしましたが、早めの週に藪椿の絵が紹介されたので送りませんでした。

そのため「藪椿」の絵をここで掲載。







藪椿    佐藤正昭作 1993年 鉛筆・顔彩




春の花オオイヌノフグリ誰が名付けたか 完




 


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